14世紀後半に建立された謎の多い寺院遺跡 木の根に取り込まれた仏頭が戦争の悲惨さを物語る ワット マハタート(アユタヤ)
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ワット マハタート

Wat Mahathat

วัดมหาธาตุ

エリア

アユタヤ

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住所

T. Tha Wasukri (Head Corner of Nareisuan and chikun Rd.) Phra Nakhon Si Ayutthaya

営業時間

8:00~18:00(ライトアップ19:00~21:00)

14世紀後半に建立された謎の多い寺院遺跡
木の根に取り込まれた仏頭が戦争の悲惨さを物語る
ワット マハタート(アユタヤ)

ワット マハタートは1300年代の後半に建立された寺院で、建立者については異なる二通りの説がある謎深い重要な遺跡の一つです。
(1369年~70年のラーメスアン王と1370~88年のボロムラーチャー1世王)
マハタートとはお釈迦様の遺骨や遺灰を意味しており、その昔にはタイの各都市にワット マハタートという呼び名の寺院があったと言われ、現在でもスコータイには別のワット マハタートが現存しています。
建立当時は境内中央に高さ50メートル、上部が黄金に輝く仏塔と、その東西に礼拝堂と仏堂があったと推測されていますが、1767年にビルマ(現ミャンマー)の軍隊による攻撃により壊滅的な打撃を受け跡形も無くなり、現在では崩れ落ちたレンガの壁や礼拝堂の土台が残るのみの廃墟となっています。
また仏塔があったと思われる場所を中心に、これを取り囲むように多くの仏像が置かれていますが、当時仏像の頭部には金箔が貼られていたらしく、ビルマ軍が頭部のみを持ち去ってしまったため全ての仏像は頭の無い無残な状態で放置されています。
1956年、タイ政府の文部省芸術局は仏塔跡地の掘削調査を開始し、17メートルの地下から数々の黄金仏や宝飾品などを発見、これらは現在チャオ・サン・プラヤー国立博物館に展示されています。
またアユタヤのワット マハタートを有名にしたのは石仏の頭部が根の部分に取り込まれた1本の菩提樹です。ビルマ軍が切り取り放置した仏像の頭部が、長い年月の間に木の根に取り込まれ、木を切らない限り取り出すことができなくなってしまったもので、戦争の悲惨さを如実に物語っています。
この仏頭の前で写真を撮る場合、仏頭よりも頭が低くなるように座って写真を撮らなければなりません。
ワット マハタートは殆ど全てのアユタヤツアーに組み込まれています。
【拝観料】
外国人:50バーツ
タイ人:10バーツ


 

動画

ワット マハタート(寺院:00:00)

寺院

ワット マハタート(仏頭:00:00)

仏頭

アルバム

ワット マハタート (ワット マハタートは14世紀後半に建立された寺院 日本は室町時代のころ)

ワット マハタート

ワット マハタート (マハタートはお釈迦様の遺骨や遺灰という意味)

ワット マハタート

ワット マハタート (毎日多くの人が訪れるアユタヤの観光名所)

ワット マハタート

ワット マハタート (建立者については二通りの説があります)

ワット マハタート

ワット マハタート (1369年~70年のラーメスアン王という説と1370~88年のボロムラーチャー1世王という説)

ワット マハタート

ワット マハタート (建立当時は境内中央に高さ50メートル、上部が黄金に輝く仏塔があったと言われています)

ワット マハタート

ワット マハタート (東西に礼拝堂と仏堂)

ワット マハタート

ワット マハタート (現在では崩れ落ちたレンガの壁や土台が残るのみの廃墟)

ワット マハタート

ワット マハタート (1956年、タイ政府の文部省芸術局は仏塔跡地の掘削調査を開始)

ワット マハタート

ワット マハタート (17メートルの地下から数々の黄金仏や宝飾品などを発見したとのこと)

ワット マハタート

ワット マハタート (当時の人が言うには調査の以前、既に墓泥棒により沢山の遺物は持ち去られていた)

ワット マハタート

ワット マハタート (アユタヤー王朝は1350年、ウートン王により開かれ400年の間栄えましたが)

ワット マハタート

ワット マハタート (1767年にビルマ(現ミャンマー)の軍の侵攻によりアユタヤの街は廃墟と化しました)

ワット マハタート

ワット マハタート (徹底的に破壊された遺跡が攻撃の激しさを物語っています)

ワット マハタート

ワット マハタート (かなり傾いてしまった遺跡もあります)

ワット マハタート

ワット マハタート (当時の石仏は頭部に金箔が貼られており)

ワット マハタート

ワット マハタート (ビルマ軍はこの頭部のみを切り取り持ち去ったという伝説)

ワット マハタート

ワット マハタート (タイ人の中には今でもミャンマーの金はタイのものという人も)

ワット マハタート

ワット マハタート (修復されたものを除き、殆ど首から上がありません)

ワット マハタート

ワット マハタート (ワット マハタートを有名にした1本の菩提樹)

ワット マハタート

ワット マハタート (ビルマ軍が切り取り放置した仏像の頭部が、長い年月の間に木の根に取り込まれました)

ワット マハタート

ワット マハタート (どれだけの年月がこのような姿に変えさせたのでしょう)

ワット マハタート

ワット マハタート (仏頭は木を切らない限り取り出すことができなくなっています)

ワット マハタート